般若心経には、同じ書物なのに本文、文字、語句、組立てなどに違いがあるもの、内容が似たものがたくさんあります。 例えば、般若心経の文字数にしても260字、262字、276字、260字余りなど全く違う数字が記されており、判断に困ることがあります。 普段目にする般若心経にも、流布本、現行本、流通本、現行流通の心経など多種にわたります。 各お寺のお手本の首題も「仏説摩訶般若波羅密多心経」「摩訶般若波羅密多心経」「般若波羅密多心経」「般若心経」「心経」と様々で、同じお寺で違う首題を用いていることがあります。 1.現行流通本 本文262字 全文274字 首題 「般若波羅密多心経」 奥題 「般若心経」 2.玄奘訳本 本文260字 全文276字 現行流通本は、玄奘訳本によるといわれている程よく似ています。 現行流通本との相違点 ①首題・奥題は、「般若波羅密多心経」 ②「遠離」の次に「一切」がない 3.義浄訳本 首題「仏説摩訶般若波羅密多心経」 奥題 なし 「五蘊」の次に「等」がある 「遠離」の次に「一切」がない 功徳文がある 偈文は梵字で書かれている。 ・首題の上に「仏説摩訶」「摩訶」と加えたのは、日本伝来後と考えられています。 ・玄奘・義浄訳ともに「一切」の文字はなく、中国・朝鮮では「一切」にないものが多い。 中国・朝鮮から直接影響を受けたものと考えられている隅寺心経には「一切」があります。 純粋な日本の写経である「子の権現方寸心経」にだけ「一切」の文字はありません。 ・五蘊の次の「等」は、義浄訳にはありますが、玄奘訳にはありません。 「等」のあるのは、鎌倉時代以降に限られ、特に南都系のものに多くみられます。 法隆寺の現行心経には「等」が入っているといわれます。 ・功徳文として巻末に「誦此経破十悪五逆九十五種耶道若欲供養十方諸佛報十方諸佛恩當誦観世音般若百遍千遍無問昼夜常誦此経無願不果」とあるのは、義浄訳のものに限られ、ほかにはありません。 隅寺心経にある功徳文には「無願不果」がないと石田茂作博士は指摘されています。 ・「集字聖教序」末尾にある般若心経の奥題は「般若心経」となっており、これにならったものが少なくありません。 ・「無」と「无」  辞典によれば、「无通無」とあり、同意文字ですが、无字の方が古いようです。 「无」は、早書きにに適していることから普及したものと思われます。 ・「掲」・「羯」・「偈」・「楬」 掲諦が最も多く使われていますが、羯諦・偈諦・楬諦と書かれたものもあります。 般若心経は、梵字の漢音訳ですから、どの字が正解とは言い切れません。 ・ソワカ 2字で「婆訶」と書かれたものが鎌倉時代のものに稀にありますが、一般には三字で書かれています。 ソは、「婆」「沙」「薩」「僧」が使われ、ワは「婆」がほとんどですが、「縛」「莎」の例もわずかにあります。 カは、「呵」「訶」が多く、「可」のものが稀にあります。